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高知地方裁判所 昭和31年(行)5号 判決

原告 小島三郎 外二名

被告 宿毛市議会

主文

原告等の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

(壱) 申立並びに主張

原告等訴訟代理人は、主位的請求として、被告が昭和参拾壱年四月拾壱日原告小島三郎同河野新に対してなした議員除名議決並びに同月拾八日原告嵐勇に対してなした議員除名議決はいずれも無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を、又予備的請求として、被告の右各議決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を夫々求め、

その請求の原因として

(一)  原告等は、いずれも宿毛市議会の議員であつたところ、被告は右請求の趣旨記載の日に同記載の各除名議決をした。

(二)  然しながら、右の各議決は、次の理由によりいずれも無効である。

即ち、凡そ懲罰事犯に対する議事は、(1)懲罰動議が成立し、(2)その動議の可否について議決し、つまり、懲罰に付するか否かの議会の意思決定をしたうえで、(3)懲罰特別委員会において如何なる罰を科するかについて審査し、(4)その結論について更に議会がその可否を決するという四段階の手続を経由しなければならないところ、本件懲罰は右手続のうちの(2)の手続を経なかつた違法がある。

即ち、昭和参拾壱年四月拾日の緊急臨時議会において高石議員より、原告等に対する懲罰動議が提出され、即時参名以上の賛成を得て右動議は成立したので、これを議題とすることができるのである。(宿毛市会々議規則第六拾四条参照)。然しながら、動議の成立は、単に議員の発議が議題となつて審議の対象になるというだけの事であつて、動議の成立が議題の可否を決したことにはならないのであるから、被告は更にこの動議を議題として議事日程に追加し、議案として付議し、採決の結果可否を決し議会の意思決定をするという前記(2)の手続をとらねばならないのである。(同規則第弐拾五条第拾六条第弐項参照)。然るに、被告は右動議の成立後右(2)の手続をとらずに、直ちに懲罰特別委員会に付託したという違法を犯している。よつて右各除名議決は当然無効のものである。

(三)  仮りに然らずとするも、右各除名議決は、次の事由により取り消さるべきである。即ち、

(イ)  右(二)にのべた瑕疵は、仮りに無効事由にあたらないものとしても、少くとも取消事由になるというべきである。

(ロ)  被告等が本件各除名議決の理由とするところは、原告参名及訴外沢田五十馬、同篠上常芳等五議員は、宿毛市刷新を理由として暗々裡に市長の辞職を強要し、或は市長の告発をくわだてるなど議会運営上多くの支障を生ぜしめたのみならず、議会々期中二十日間に至り甚しく議会運営をさまたぐる一方、宮尾、仁井両氏に対して事件解決の裏付けとして金銭の要求を継続し、遂に弐拾万円を主謀者小島三郎が受領するや、これまでの強硬態度を豹変して告発を取下げ市長の退陣の要求を撤回して、てんぜんとして恥じざるは、市会議員として著しく品位を失墜するのみならず、これが事実は新聞紙上に掲載されて、その醜を天下にさらし、宿毛市議会の名誉を傷つくること大である。宿毛市議会々議規則第五十八条に議員は議会の品位を重んじなければならないと規定されている。右五議員は議会の品位を著しく失墜したというにあり、これを要するに(1)市長の辞職を強要し或は市長の告発をくわだてるなど議会運営上多くの支障を生ぜしめたのみならず、議会会期中二十日間に至り甚しく議会運営をさまたげた。(2)議会の品位を著しく失墜した、というに帰着する。

それで、まず、右(1)の理由について述べる。原告等は右市長に対して何等辞職を強要したことはない。仮りに原告等が右市長に対してなした辞職要求が強要と解せられるとしても、これは宿毛市政刷新のためにしたことであり、又原告河野、同嵐がなした告発は、右市長が道路復旧工事費等として合計金七拾六万参千円に上る金員を何等右市議会にはかることなく、独断で支出したことは、背任行為であるとの見地から、一市民として、而も、愛市の一念から為したものである。これは、議会運営を妨げたものではなく、又議会の運営を妨げる意思をもつてなしたものでもないから、これ等の事柄によつて議会の問題となり、会期が延長されたとしてもそれは原告等の責任ではない。

又仮りに、原告等の右行為により事態収拾のため、右市議会会期が延長された事をもつて議会の運営を妨げたとして懲罰に付するとしても、それは、この事実の存立した時期の会期中である昭和参拾壱年参月弐拾九日(所謂参月定例議会の末日)迄になすべきであつて、このことは地方自治法第百拾九条、宿毛市議会規則第六拾四条第参項の各規定に照らし明らかであるに拘らず、その後の会期たる同年四月拾壱日および四月拾八日の各緊急臨時議会期日においてこれをなしたのは違法である。

(ハ)  次に、右(2)の理由について述べる。議会の品位を失墜したということの根拠は、前記告発を取り消すことの条件として訴外人両名から人を介して金銭を受領したということである。なるほど原告小島において、訴外田中雅男より金拾万円を預つている事実はある。然しこれは原告等が右市長告発に際して研究会合等の費用を要したので、これが実費の支弁をしてくれるということで預つたもので、これについては明細を挙げて精算することになつていたものである。

なお、右告発の取消は右金員受領を条件として為されたものではなく、その事情は次のとおりである。即ち、

右告発により搜査の赴くところ、将来宿毛市に対して各種工事に対する国又は県の補助金の停止若しくは中止される事態の生ずることあるを虞れた結果、同年参月弐拾六日頼田市長は原告等参名及前記篠上、沢田の五名と会見し、市長の現に執り来つた処置に対しては将来之を改め、更に一定の冷却期間を置いて辞意を表明する外、次の三つの条件を議会に表明し、本会議に於いて陳謝するとの約束の下に了解が成立した。即ち、その議会に表明する条件とは、(1)同月拾七日市議会に於て市長の工事に対する行為は当然であるとの発言は之を取り消す。(2)過去に於ける市長の土木工事に対する各種の行為は間違つていたことを認める。(3)市政を今日の事態に至らしめた責任を十分に感じ将来再び斯の様な事のないよう留意する、ということであり、之に従つて、翌弐拾七日頼田市長は宿毛市議会に対し陳謝したので、前述告発については、同月弐拾八日高知地方検察庁に対し告発の取消を為したものである。勿論背任罪の告発取消は法律的には親告罪と違い何等拘束力をもつものではないけれども、愛市の表現として検察庁に対し歎願的意味を含めての告発取消であつた。

而かも右金員を預つたことは、議会外の行為であり何等議会活動の域において発生したものでないから、議会の懲罰の対象外である。何んとなれば、地方自治法が議会に対して与えた懲罰権は、議会の紀律と品位保持のために認められているものであり、その懲罰事犯の対象は地方自治法又は、会議規則に違反する議会内における議員の行為に限られるものであるからである。仮りに然らずとしても、前記会議規則第五拾八条には議員は議会の品位を重んじなければならないとあるが、議員が議会の品位を傷けるということは、議員が議会自体の名誉を傷けるような直接的な言動、即ち、議会自体を非謗してその品位権威を傷けるが如き場合をいうのであるから、前記金銭授受の行為は、仮りに非行であるとするも、これは議員個人の問題であり且つ職務外の行為であつて、何等議会の品位を傷けるものでない。

(四)  よつて原告等は前記(二)の理由により、本件各議決の無効であることの確認を求め、なお予備的に、前記(三)の各理由によりこれが取消を求める、

と述べ

なお、被告の主張事実中、被告主張の補欠選挙が被告主張の日に施行され、その主張の者が当選と決定されたこと、及び右選挙又は当選の効力に関して異議の申立がない事実を認め、その余の事実を否認すると述べた。被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告等主張の事実中(一)の事実は認める。同(二)の事実中、原告等主張の日に、その主張の者から、その主張の議会期日において、その主張の動議が提出され、参名以上の議員の賛成を得て、右動議が成立した事実は認めるが、その余は争う。同(三)の事実中、本件各除名議決の理由が原告主張のとおりであること、原告河野、同嵐が宿毛市長を告発したこと、右市長が、原告主張の金員を右市議会にはかることなく支出したこと、その主張の市議会の会期が延長されたこと、本件各議決がその主張の定例議会においてなされず、その後の会期たる原告等主張の臨時議会期日においてなされたことは認めるが、その余は争う。原告等には本件各除名議決の理由どおりの非行があつた、と述べ、なお次のとおり主張した。

(1)  原告参名の除名に伴う宿毛市議会議員の補欠選挙は、昭和参拾壱年五月参拾日に施行され、その選挙会が同月参拾壱日に開かれたが、右選挙会において当選人は、原告小島および訴外者弐名と決定された。

右選挙又は当選の効力に関して現在まで異議の申立はない。

(2)  原告等は本件各除名議決は、その前提となつた懲罰動議の採決を逸脱した違法があると主張するが、右動議の可否は、懲罰特別委員会附議の件と一括上程したものであり、いずれも、一括採択されたものであつて、何等違法な点はない。

次いで特別委員会の委員数を拾壱名と決定し、連記投票によつて拾壱名を選任決定して居る事実をみても、動議が正当に採択されたことは疑う余地のないところである。

(3)  宿毛市長頼田松助は、原告主張の金員支出の件については、参月の定例議会において参回に亘り陳謝し、被告は表決によりこれを正式に追認諒承したものである。しかるに原告等および訴外篠上常芳、同沢田五十馬の五名の市議会議員は、右市長のこの些末な手続上の不始末があつたことを奇貨として、これを過大に宣伝して市長等の退陣を要求して、以て金員を強取しようと企て、共謀のうえまず、昭和参拾年参月拾日に開会された被告定例議会において不当な動議を連発し、又は故意に退場する等あらゆる手段をもつて議事妨害をなし、遂に会期拾参日を予定していた右定例議会の会期を弐拾日間(参月拾日より同月弐拾九日まで)に延長せしめ、剰え重要議題を審議未了に終らしめる一方、原告小島は参月六日宿毛市「ますや」料亭において、市長に面会のうえ、退任を強要し、更に同月中旬もこれをくりかえし、更に原告小島、同嵐は市長派の訴外宮尾菊吾、同仁井一に対し、最低金弐拾参万円の金員を紛争の円満解決のためと称して同市から支出させることの斡旋方を依頼し、右金員の支払が遅延するや前記五名の議員はこれに憤慨して、昭和参拾壱年参月弐拾参日原告河野、同嵐外右訴外議員弐名の連署を以て高知地方検察庁に対し、右市長を背任罪として告発し、同年参月弐拾六日に至り右原告等外弐名は右告発の取下、市長退任要求の撤回を条件として金弐拾万円を右宮尾、同仁井の両名より受領して、これを分配するに至つたのである。原告等の右の各行為は、正に議員がその公務を悪用して被告議会開会中不正を働こうとしたものであつて、被告を無視し、被告の権威を冒涜し、被告の品位と名誉を著しく失墜させた行為であると断じなければならない。

原告等は、右金員受領の行為は議会外の行為であるし、又個人的行為でもあるから、懲罰の対象にならないというが、原告等は、右の如く、金員受領の手段として、議場内においても議事の円滑な運営を阻害する言動をなしているのであるし、又、原告等のなした前記の告発取下を条件に金員を強取する等の行為は、直接議会の品位を害するものというべく、而してかくの如き行為は、懲罰の対象となるというべきである。

(4)  又、原告等は、本件除名議決は会期不継続の原則に照し違法である旨の主張をするが、本件非行は参月定例議会中には、その一部が察知されていただけで、その全貌は原告等がその陰謀を秘匿していたため摘発することができなかつたが、四月参日付の高知新聞に掲載せられて初めて被告は原告等の本件の非行の全貌を把握したものであつて、右定例議会中に発覚すれば勿論直ちに懲戒訴追したものである。原告等の本件非行は発覚と同時に直ちに懲戒のための臨時議会を開いて本件議決をしたのであるから、これは時宜に適したものというべきである。尚、国会法第百弐拾壱条第参項の如き規定のない地方自治法による議員の懲罰は、その対象となる行動の行われた当該会期中に為されることを要せず、後の会期においても、これを為すことができるものと解する。以上。

(弐) 証拠〈省略〉

理由

職権をもつて審按するに、凡そ、地方公共団体の議会の議員の除名議決の無効確認又は取消を求める訴訟の目的たる権利または利益は議員たる地位であり、かゝる請求をなす趣旨は、前者の場合は議員たる地位を失つていないことの確認を求めることにあり、後者の場合は議員たる地位を回復することにあるというべきである。

ところで、地方公共団体の議会の議員の除名議決が為され、その後議員補欠選挙が行なわれ、該選挙において新たな議員が選挙され、而してその選挙又は当選に関し、公職選挙法第弐百弐条又は第弐百六条所定の期間内に、当該選挙に関する事務を管理する市町村選挙管理委員会に同条所定の者から異議の申立がなされず、従つて、これに関する同法所定の訴訟の提起が許されなくなつたときには、仮りに、右除名議決にその無効又は取消事由に該る瑕疵があつたとしても、もはや右補欠選挙又はその当選の効力は確定し、同選挙において当選した議員は確定的にその地位を保有するに至り、その結果、右除名議員は自己が保有していることの確認を求むべき地位又は回復すべき地位を失うに至るものと解すべきであることは、右法条が選挙又は当選の効力に関する争訟について特別規定をなし、且つ、その提起期間を制限して、以て議員たる地位の安定性を速やかに確定せんとしていることに鑑み、明白なことというべきである。

そして、かように、新議員の地位が確定した後に、該除名議決の無効確認又は取消を求める訴が係属している場合には、該訴における請求は、もはや、法律上の利益を欠くに至つたものとして、棄却されなければならない。

ひるがえつて本件についてみるに、原告参名の除名に伴う被告議会議員の補欠選挙が昭和参拾壱年五月参拾日に施行され、翌日開かれた選挙会において原告小島三郎外訴外者弐名が当選と決定されたことは、当事者間に争いがなく、而して、その後前記公職選挙法第弐百弐条又は第弐百六条所定の期間内に、その所定の者から右選挙又は当選の効力に関し、宿毛市選挙管理委員会に対して異議の申立がなされなかつたことも亦、当事者間に争いがない。すると、現在においては、原告等の本訴請求は、前述の理由によりいずれも棄却さるべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八拾九条第九拾参条第壱項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安芸修 宮本勝美 中谷敬吉)

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